玉音 放送。 【玉音放送とは】全文ふりがな&現代語訳を紹介!!意味(内容)やその後を解説!

終戦8・15の記憶 玉音放送の全文<現代語訳付き>|【西日本新聞ニュース】

放送 玉音

私は、ここにこうして国体(天皇を中心とする秩序)を護持して、忠良なあなた方臣民の偽りのない心を信じ、常にあなた方臣民と共にある。

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『我等の暮し方考え方』 池田書店、1953年 ほか多数 講演• 臣民みなの気持ちも、私はよくわかっている。

玉音放送とラジオ

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然るに、戰爭の目的を実現するに由なく、戰勢また必ずしも利あらず。

国際法上は9月2日、戦艦ミズーリ号上での降伏調印をもって、正式に終結とするのが正しいが、実際にはその前の8月30日に連合国最高司令官ダグラス・マッカーサーが厚木に到着し、占領軍の日本進駐が始まっているため、降伏調印は戦争の終わりというより、占領の始まりというイメージがある。 この放送は米国側でも受信され、1945年8月15日付の紙に全文が掲載されることとなった。

玉音放送を現代語にすると...「耐え難いことにも耐え、我慢ならないことも我慢して...」【終戦の日】

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ポツダム宣言の受諾に関する通信を行った、旧東京放送局 愛宕山)にあった外務省の施設ではこれも最後の交換船で運んだ米国製の「スーパープロ」受信機が使われていたという。

実際の放送では、玉音盤の再生後にアナウンサーによる朗読、解説やニュースが放送されている。

宮内庁版「玉音放送」とこれまでの「玉音放送」|NHK 戦争証言アーカイブス

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しかしながら、交戦状態もすでに4年を経過し、の勇敢な戦い、我が全官僚たちの懸命な働き、我が1億国民の身を捧げての尽力も、それぞれ最善を尽くしてくれたにもかかわらず、戦局は必ずしも好転せず、世界の情勢もまた我が国に有利とは言えない。 そもそも帝国臣民の康寧(こうねい)を図り、万邦共栄の楽(たのしみ)をともにするは、皇祖皇宗(こうそこうそう)の遺範(いはん)にして朕の拳々(けんけん)おかざるところ。

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情報局総裁下村宏および録音班は、を通って宮内省から退出する際に、玉音放送を阻止しようとする第三大隊長佐藤好弘大尉らによって拘束・監禁された。

下村宏

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昭和天皇によるの録音は、23時30分から政務室において行われ、録音盤(玉音盤)はに渡されて、事務室内の軽金庫に保管された。

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告諭原文とは送り仮名、句読点、改行等が異なる。 今や國民の均しく向うべき所は國体の護持にあり。

宮内庁版「玉音放送」とこれまでの「玉音放送」|NHK 戦争証言アーカイブス

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は、深く世界の情勢と日本の現状について考え、非常の措置によって今の局面を収拾しようと思い、ここに忠義で善良なあなた方国民に伝える。 スタンドマイクの前に立った昭和天皇は、詔書を朗読します。

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昭和廿年八月十四日 内閣総理大臣 男爵鈴木貫太郎 注 ラジオ放送用にリライトされた原稿 6 より。